「子供のため」のその行動、本当に子供のためになってる?

読んで下さりありがとうございます。

タイトルがめっちゃ偉そうですみません💦

私自身、「子供のため」に習い事も本人たちがやりたいのであれば車でも送迎するし、保護者の協力が必要な場面では名乗り出るし、という日々を送っております。

でも、前回の記事で習い事を辞めることにして「大事なこと」が見えたような気がするので、お伝えしていこうと思います。

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忙しい毎日に慣れて感覚がマヒしているかも

私は仕事は半日の日と1日の日があるのですが、どちらも仕事が終わって一息ついたら送迎(お迎えだけのことも)で家を出たり入ったりします。

それ自体はもう習慣になっていてそんなに大変だとは思っていなかったのですが、仕事が忙しくてちょっと疲れているとやっぱりイライラしちゃう。

でも、それが日常となっていて鈍くなっているというか、「大変」ということには気づかなくなっていたんですよね。

だから、義母や実母に「無理しなさんな」みたいに言われても「いやいや無理なんてしてないし」と軽ーく流していたんですが、もしかしたら鬼の形相だったのかもしれません💦

毎日のご飯支度だって苦でしょうがないし(笑)

でも、私は「子供たちのためだし」と送迎してあげることは全く苦じゃないと思っていたんですよ。

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私の送迎事情

土・日
息子なし野球(迎えだけ)英語水泳野球(迎えだけ)野球(試合の応援など)
なしピアノ英語水泳

月曜以外何かしら送迎があるのは、二人の子供がそれぞれ違う習い事をしているから(しかも兄妹で性別が違うということもあり)仕方ないことかなと思っています。

ちょっと辺鄙なところに住んでいるので、教室までも遠いし。これもやむを得ず。

火曜日はあちこち送迎しないといけないので結構ハードですが、他の曜日は大したことないんですよね。

まぁ、仕事終わって帰ってすぐ送っていったりはあるんですが・・・

一つ辞めることが決まって、私の気持ちが変わる

前回の記事で水曜日の英語教室を辞めることにしました。

退会手続き上、今月は月謝が発生してしまうので今月いっぱいはまだあるのですが💦

でも、先生に承諾いただいた日の夜から、あんなに(どんなだ?笑)苦で仕方なかったご飯支度をルンルンで始められました♪

来月から送迎しなくてもよくなるという解放感✨

実際にはまだ何も解放されていないのに、こんなに心が軽くなるなんて!と自分でも感動しちゃいました。

子供のために我慢し過ぎないで

元々料理が嫌いだったわけではないのですが、つい最近までは本当に嫌で嫌で、苦痛になっていました。

ところが、辞めると決まってからご飯支度も前よりも楽しくできるようになったし、子供達にも広い心で接することができているような気がします。

今までは「子供たちがやりたがっているし」という子供のためという呪縛で、自分の辛さを抑え込んでいて、そのしわ寄せがご飯支度に出ていたんでしょうね(笑)

「子供のため」と言いながら、私が苦しかったりイライラして笑顔が無くなるのであれば「子供のため」にはなっていないですよね。

これは習い事の送迎に限らず、やはり「自分が大切にしたいこと・趣味」などでも言えると思いますが、「親だからこうあるべき」「親だから我慢して当たり前」という理想に首を絞められちゃうんですよね。

子供が習いたがっていることはなるべくやらせてあげたいとは思いますが、それ以上に自分自身が「笑顔でいられること」「心穏やかに過ごせること」の方が大切かなと思います。

まだまだ、感染に気を付けながら出かけなきゃいけない日々なので、習い事に限らず、親子共に笑顔でいられる時間が少しでも増えると良いかなと思います。

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